約3年放置しつづけたブログを発見wまた再開してみよーかと思いまして。。。


by hariboharibo
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もしも明日で地球が終わるなら。。。って考えると。。地震を思い出す

もしも今日一日ですべてがおわるんなら、今日一日わたしは何をしたい?
一番したいことをして過ごそう。。。
それは大好きなサンディエゴで楽しく過ごす?
大好きな犬とあそぶ?
ゴルフする?
いいや、答えは決まってる。ただゆっくりひきっぱなしの布団の上で昼を過ぎてもウダウダ彼とどうでもいい話をしていたい。わたしはそれがイイ。あんなに青い空じゃなくても、あんなに気持ちのいい日差しじゃなくても。。。東京のよどんだ空気でも。。。そんなことはもうどうでもいい。

だけど実際はたいていの人に明日が来る。
だから難しい。。。明日や未来や将来と今日一日の両立はわたしにはまだまだ難しい。。。

東京は地震が多い。。。最近は震度3もよくある。
わたしが嫌いなのは揺れはちいさくとも長いもの・・・急に強くなるかもしれない。
わたしが地震にあったのは高2の1月、あれは休み明けの朝。前日わたしはサッカーの試合で疲れてたからズル休みしたいなーーと就寝。しかしながらズル休みではないがホントにその日からある意味休みになった。。。
寝てた私には最初の衝撃的な音とあまりに揺さぶりが大きくて地震だなんて思うことなかった。神戸ではそれまで地震はめずらしく、震度1になるかもって微妙な程度の少しの揺れを感じてもみんなTVで震度の速報を出るのを待ってたほど地震とは縁のない土地だった。
だからその日も目が覚めて体を起こしTVや家具がなぎ倒され変わり果てた自分の部屋を目の当たりにするまで何のことだかわからなかった。家族が一つの部屋に集まり、まもなく外が明るくなりだして近所の小学校に避難しようと外をみたら怪獣が踏みつけたみたいに家々や電柱が崩れてた。中学校の校庭は北斗の拳でみた風景のように割れていた。ニュースでみたことあるような。。。それを肉眼でみるなんて。。。きっとあんなものはもう一生みることはない。そうあってほしい。
もちろんたくさんの人が死んだ。阪神大震災といっても神戸の中でも東灘区のなかでもその被害は全然ちがっていた。うちのあたりは特にひどかったが、同じ学校に通う子のなかにはでっかい地震の話を今日学校に行ったらともだちと話そうと思っていたコたちもいたし。かと思えばきょうだいや親、家族を亡くしたコもいた。実際私のともだちもあの地震でいなくなってしまった。
あの時誰もに死のチャンスがあった。。。エアコンにTV、タンスや家具、ラジカセ、そんなものが倒れたり落ちてきたりしただけでも寝ている私たちはあたりどころによってはカンタンに命を落とす。わたしだってTVの落ちた位置によっては危なかった。目覚めとともに顔の横にTVが落ちて転がった。。。
その後、知り合いを探したりしに近所の学校の避難場所に行ったりする中で体育館に安置しきれなくなったなくなった人々が生きて避難してる人々と同じ教室にいたり。。。
人間はあっけなく死んでしまうものだと感じた。それまではTVで奇跡の生還であったり九死に一生をえたりという話が番組としてよく特集されているものだから人間って案外強いと疑わなかったが、あれはあくまでミラクルだけを寄せ集めたワケで。。。。
 そりゃ生まれたらいつか絶対死ぬし、出会えばいつか絶対別れがくるし、、、仕方がないことだけど。。。。自分にはまだそれが一番つらいこと。楽しく思い出せるまでには時間がかかるから、中には一生そうできない人もいる。。。
なるべく後悔しないように生きていきたいけど、それもまた難しいことだ。。。
「人はあっけなく死ぬものだ。だからこそ・・・・・・だ。」
この・・・の中にはたくさんの言葉や考えが入る。答えがきっと一杯ある。
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by hariboharibo | 2006-06-06 16:41 | どうでもいいコト